Moonlight scenery

     “ Run away, ya
 


地中海地方の一年というと、
緯度や地形、海のそばかどうかにもよるけれど、
年末年始が冬本番で、日本とよく似た気温のグラフ。
ただ、降水量は真逆で、
七月八月は からっからで、冬場の方がよく降るそうですが。
なので、十月十一月ともなれば、
日本と同じく 枯れ葉の舞い散る風景へ
しんしんと深まる秋を感じてセンチメンタルになりもするだろし。
上着の要る寒さの到来を感じつつ、
家族や伴侶がすぐ傍にいる暖かさを
何という幸いかと、しみじみ噛みしめたりもするのもお揃いだが。
だからといって、
気候がいいからといっての運動会が、
険悪そうな顔をしたおじさんたちとの鬼ごっこと
同じだと思われては いささか迷惑。

 「…こういう歓迎のされ方は久し振りだ、よ、なあっ。」

ちょっとしたお喋りの、その語尾が跳ねたのは、
進行方向へ飛び出して来た怖いもの知らずを
ぶんっと風を裂くほどの切れのよさで、
特殊警棒で薙ぎ払ったその勢いのせい。
ちい、このくらいの手勢相手でそんな呼吸の乱れが出ようとはと、
口惜しがる方向もなかなかに上級者のそれであり。
肩の上へと担いでいた小柄な相棒、
懐ろへと掻い込み直し、手をつないでの逃避行はまだ続く。
相棒というかお連れというか、
手を引かれているそちらはたいそう小柄で、
バックスキンのジャケットの上からでも肉付きの薄さが判るよな、
まだまだ少年と言って通じるような、
幼さも色濃い面差しをした青年であり、

 「な、何を手古摺ってやがるっ!」
 「相手はたった一人だ、とっとと畳めっ!」

追っ手が群れなして駈けて来る荒っぽい足音や怒号を、
その小さなお背(おせな)で確かに拾っているはずだのに。
何かのゲームの効果くらいに思うものか、

 「なかなか追いつかないもんだよなぁ♪」
 「コツがあるんだよ。」

連れの不敵なお言いようへ“あっはっはーvv”と
いかにも爽快そうに笑っているのもまた頼もしい。
白い壁に赤茶けた三角屋根がお揃いの、
草原の中にぽつんと落ちた小石のような小さな町の中、
なだらかな坂を威勢よく駆け回っておいでの二人連れ。

 地中海の端っこに、
 半島と諸島群とで構成されているR王国の、
 外交官として近年お忙しい第二皇子。
 どういうハプニングか、
 王宮からやや離れた場所にて、
 徒歩での真剣本気な鬼ごっこに参戦中。

割とご近所の、だが一応は国外への外遊の帰り。
気流の乱れが発生したとかで、
飛行機ではなく、車での帰還となったのだが、
途中の休憩ポイントだった国賓用の山荘で、
送り側の顔触れが何やら怪しい連中へと
ごっそりと差し替えられてしまったらしく。
国境を前にして、王子以外に用はないと、
王子づきの護衛の車を撒いたその上で、
予定外の進路へ向かい始めた異変へ、

 「よく気がついたよな、ゾロ。」
 「何だ、その言い方はよ。」

だって、ゾロって実は方向音痴じゃんと。

 「窓から見える景色が帰る方向と違うって、よく判ったなぁって。」
 「俺りゃあ砂漠の生まれだから、大まかな方位には自信があんだよ。」

運転手の…文字通り“首根っこ”を
そのがっつりと頼もしい片手でぎゅぎゅうと掴んで昏倒させて、
リムジンから飛び出したそのまま、石畳の町を駆け出した二人連れであり。
こんな窮地にありながら、
しかも自分こそが狙われておりながら、
そんな呑気な言いようが出るのは。
皇子様というお生まれとお育ちのせいか、それとも、
車外へと飛び出したそのまま、
やはり飛び出して来た追っ手の群れを、
たった一人で軽快に薙ぎ払い蹴り倒しして、
余裕で血路を開く頼もしき特別護衛官殿に、
それで当然という絶大な信頼を据え。
腕を取られようと右へ左へ振り回されようと、
それもまた鬼ごっこの一環であるかの如く、
ついついはしゃぎ声が出るほど、すっかりと安心し切っているからか。

 「荷物はどーすんだ?」
 「貴重品は先に送ってあるんだし、
  国境での身分証明の類いも、
  その顔を持参なんだから まさか要るまい。」
 「そっかvv」

スマホや気に入りのゲームなどなどは、
着ているジャケットのポッケへ収納しているから。
そだな、心配は要らないなぁと、
そうと断言出来ちゃう皇子様も大したもんだが、

 “こういう身の処し方へ慣れてる筈はないんだがなぁ。”

慣れというよりも、どっちかというと素地でしょうと、
此処に佑筆様がいたなら、苦笑交じりにそうと言ってくださるかも。
腕白で冒険が好きで、
ならばと用意されたおざなりなものには目もくれず、
頻繁に王宮からの脱走を企てちゃあ、
迷子になりまくりだった困ったちゃんでもあったゆえ、と。
そんな当時からの反省や蓄積もあってか、(おいおい)
外出先の、しかも移動中にというややこしい襲撃は滅多にない。
それこそ警備担当の皆様が
移動のプランから護衛計画から、厳重に管理監督しているからで。
ただ、こたびは
お邪魔した先の警備部の皆様が主体となっての配備だったその上、
お見送りということで気を緩めたか、
あっさり手玉に取られちゃったのが敗因かと。

 「…っ。」

国境の町とはいえ、直接の出入りが出来る関所があるのは隣町。
まだ少々距離もある上に、
周縁には草原が広がる牧歌的な田舎町なのに、
相手はよくよく調べてあるようで。
細い路地裏などへ逃げ込んでも、
先回りをする何人かがひょいと出て来るから始末に負えぬ。

 「町の人はどうしてんだろ。」
 「そりゃあお前、
  巻き添え食ったら危ないってんで、
  家へ逃げ込んで隠れてるんだろうよ…って、おっとぉ。」

突然、だかだかだかという尋常ではない靴音の群れやら、
そっち行ったぞ、追え、逃がすなという怒号が
大挙してやって来たとあっては。
平穏安寧な生活を送る一般のお人なら逃げ出すか隠れるのが相場だし、

 「…ばあちゃん、こんなとこで昼寝してたら風邪ひくよ。」

狭い曲がり角から出たところにいた存在へ、
すわ敵かと警棒を振り上げ掛かったゾロだったが。
待ち構えていたというよりも、
ずっと前からそこにあった木のベンチで
うたた寝中のおばあさんだと瞬時に見分け、
その手がぴたりと止まるところがおさすがで。
そんなやり取りを聞いていたか、
バタンと慌てて開いた傍らの戸口から飛び出して来た、
家族の方々らしい顔触れが数人ほど。
うんしょよいしょと抱えて取り込まれるのを見守ってから、

 「……っ、しつこいなっ!」

まさかに彼らも見守ってた訳じゃあなかろうが、
バタンと木戸が閉じるのと同時、
向背から角材を振り上げて飛び掛かって来た何人か。
傾斜地ならではで、
上の道へと合わせているものか、
裏手にあたる側から見上げれば少し低めとなろう
そんな軒の上から駆け降りて来た顔触れも合わせて、
前と左右という三方から一斉に、
宙へとその身を躍らせて飛び掛かって来た手勢だったが。

 「一斉にってのは芸がないな。」

ルフィを導くのにと塞がっていた手へ、
そのルフィが懐ろから引き抜いたのが、もう一本の伸縮警棒で。
それを“はいよ”と手渡され、
左右のそれぞれの手へとぎちり握った姿の、
まあまあ様になっていることよ。
尋深い双腕、大きく開いてのそれから、
やや時間差をつけ、高さにも差をつけて、
ぶんっと振り切られた二本の特殊警棒が
余すことなく薙いだ空間。

 「ぎゃあっ!」
 「ぐああっ!」
 「はがぁっ!」

せめてそっちも時間差をつけていれば、
振り切られた後へ付け込めもしたろうに。
同時に飛び込んだ全員が、
一斉に薙ぎ倒されていては確かに芸がない。
古びた石畳の上へ、ばたばたと倒れ付す賊らの上へ、
擬音じゃあなくの本当に、バタバタバタという大きめの音が鳴り響き。
何だなんだと家の中から窓へと寄って、
恐る恐る外を見やる人々と同じく、
こちらは真っ直ぐ頭上を見上げたルフィとゾロへ、

 【 迎えに来たぞ、ルフィ、ゾロっ。】

マイクを使っての声は、
車輛部所属のウソップであるらしく。
逃げ回りつつルフィがスマホで打電したSOSを受けてか、
それともこっちのお国の警備の方々が恥を忍んで連絡したか、
小回りの利くヴィトールを駆って繰り出してくれたらしかったが、

 【そっから見える西の丘の上で待機してっから、
  頑張って走ってこいっ。】

 「え〜っ? あんな遠く?」

結構距離あんぞと、
たちまち不平を鳴らしたルフィがスマホを手にしたが、
そんな彼をそのまま肩へと担ぎ上げ、

 「グズグズ言ってる暇はねぇぞ。」

切り替えの早い護衛官殿、行くぞと既に駆け出している。

 「こいつら、自分たちの企みで動いてんじゃなさそうだ。」

別に雇い主のいる追っ手。
なのでだろう、もはやこれまでと諦めず、
とにかく捕まえりゃあいいんだろうと、
ギリまでルフィを手中に収めんと
粘る者ばかりな気配がひしひしとする。
こんな小さい、扱いやすそうな要人の誘拐、
容易にこなせると高を括った心根は甘いが、
執拗な粘り強さはなかなかのもので。

 「走るぞっ!」
 「あ、ゾロそっちじゃねぇっ!」

目標が近場になると、
たちまちとんでもないレベルで
方向音痴が発揮されるのはどうにかならんかと。
負うた子ならぬ、担いだ子に教えられつつ、
小さな牧畜の町の西、丘のうえ目指して
再び駆け出す二人であり。

 「ゾロ急げよ、どうしても今日中に帰るんだからなっ!」
 「ああ? 何でだよ、何か予定か?」

訊いてねぇぞという不審そうな声になった護衛官殿なのへ、

 “言ってねぇもん、当たり前だ♪”

自分の誕生日も忘れてんのなと、
逆さに担がれているせいで、
その大きな背中しか見えない大好きな剣豪へ、
帰りつくまで言ってやんねと、
素早く小さく舌を出して微笑った、皇子様だったのでした。





  HAPPY BAIRTHDAY! TO ZORO!



    〜Fine〜  13.11.09.


  *さあ、全部で何作書けるかなの、剣豪BD作品祭りです。
   予定してるのが全部消化出来たらいんですが…。

   久し振りの王国は
   小さい国にもかかわらず、相変わらずに物騒な刺客も多く。
   特に、いつまでも幼い風貌なルフィさんは、
   安易に“カモだ”と思われてるようで。
   ……飛んで火に入る何とやらですな。(ぷぷー♪)


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